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2017年10月23日 (月)

全然進みません!!!!

図書館に缶詰になり、読むしかない状況に自らを追い込んでも、こんなに遅々として進まない(頭に入ってこない)書物がかつてあったでしょうか!!!!

いや、ありました。

ギリシア神話も私にとっては始めそうでした。。。

しかし、なんかもっと難儀な感じがするんですなあ、聖書は。

なんでですかね。。

おそらくは、ギリシア神話は荒唐無稽な話が多すぎて、共感できなくても、自分の力量がないからだ、とか自分を責めずにすんだのですが、

(つまり、「はい、この話つまんない」で切って捨てれた)

聖書は、「高尚な読み物、教えてもらっている」んだから、理解できない、おもしろく読めないのは読み手に問題がある、みたいな気分で読んでいるせいかもしれません。

しかししかし、つらいです。

集中して面白く読めるのは、せいぜい10ページなんです。

その10ページはワクワクいけるんです。

今日は、国が滅亡したイスラエルの民がその後どうなったか、からだったのですが、

バビロンに奴隷として連れて行かれた彼らに奇跡が起こりました。

なんと、バビロンを滅ぼした新しい支配者ペルシアの王が、

神の啓示を受けたとかいって、

ユダヤ奴隷をいきなり解放したのです。

「ユダの民よ、いまこそ帰れ。ユダの地エルサレムに帰ってそこに神殿を築け」

(犬養道子「旧約聖書物語」P283)

と。

没収した金や銀、家畜も持ってけ持ってけ、と。

しかし、そんな風に言われたら、

「わーーい、故郷に帰れる、やったーやったー!いざエルサレムへ♪」

となりそうですが、

案外連れてこられた土地に馴染んでしまった人々も多く、

「おれたちゃ、残ろう」と決断した人もたくさんいたようです。

全員がすぐに立ち上がったエルサレムに帰ったわけではないんですね〜。

そのあたりの描写がとても面白く、犬養道子さんの筆が乗っている感じです。

しかし、帰った人々で、力を合わせて荒れ果てたエルサレムにふたたび神殿を作ろうとするのですが、やはりいろいろ邪魔してくる人とかいて、大変…。

というあたりで、もう今日の読める分量は終了、ってなってしまうんですよ。。

そうなると、もう何度も何度も同じ文章を読み返してしまったり、

そうなると

「うう、、、ね、ねむい〜〜〜」となり、

トイレにいったり、画集を見てみたりいろいろするのですが、

もう集中して読めるモードには二度と戻れないのです〜〜。

きっと、聖書はそれくらいの量をすこしづつ大事にゆっくり読み進めるべき読み物なんだと思います。

一気に把握しようなんてするからいかんのです。

はあ、しかし気ばかりあせって。。。

まったく最近こんな内容ばかりですみません。。

そんな日々ですが、先週末、こどもたち、無事一つづつ大きくなりまして、

お姉ちゃん7歳、弟3歳になりました〜。

来年の今頃には店頭に並んでいて欲しい「イラストで読む 聖書の絵画と物語(仮題)」

いけんのか?!こんな調子で?!

2017年10月20日 (金)

ソロモンからイスラエル王国滅亡まできました。

むむむーー。

人って、どうしてこうもだめな生き物なんですかねえ〜〜

言われたことができない、、約束を守れない、、いろんな大事なことをすぐ忘れちゃう。。。

そのたびに、神様にものすごい怒られて、ひどい目にあって、反省しても、また同じことを繰り返す。。。

ので、今日ついにイスラエル王国、滅亡しちゃいましたよ。

みんなが長い間、ものすごい苦労して作ってきた王国だったのにねえ。

イスラエル歴代の王の中でも、もっとも賢き王と謳われたソロモン王ですら、はじめは国を強大な産業国に発展させるなど、素晴らしかったのに、

だんだん初心を忘れ、自分の宮殿を豪華にすることしか考えなくなり、民から重税を巻き上げたり、

異邦人を妃にし、彼女の崇拝する異国の神の偶像を枕もとに鎮座させちゃったり(もう、ほんとに、それだけはやっちゃだめって言われてるっしょーー!)

ソロモン亡き後、イスラエル王国はイスラエル王国とユダ王国に分裂しました。

分裂しただけでなく、相互に激しく憎しみ合うようにまでなってしまうのです。

同じ民族でありながら…。

そしてのちにイスラエル王国はアッシリアによって、ユダ王国は新バビロニア帝国によって滅ぼされてしまいました。

イスラエルの人々はみな鎖につながれ、バビロニアに連れていかれました。

これがかの有名なバビロン捕囚ですね。

しかし国は滅びて何千年も経ったはずなのに、この民は消滅しなかったっていうのが、やっぱりすごいですよね。。

2017年現在、イスラエルという国に、ユダヤ人たち(イスラエル人)が住んでますからねえ。

いったいどうゆうアイデンティティーなんでしょう。

神との契約をすぐ忘れちゃうくせに、のちに絶対に思い出すからやっぱり忘れない、ってことなのか。。

忘れても思い出して、激しく反省して、、、何千年もきたってことなんでしょうか。。

まだまだ続く旧約聖書にその答えを探りつつ、そろそろ聞こえ始めてきた、イエスの足音を意識しつつ、また来週も頑張ります!!!

ええ、けっこう辛いです。。

辛いから、「ああ、今私はやっぱり仕事してるんだ。。」

と実感できます。

寝っ転がって漫画を読んでいたとしても!

2017年10月19日 (木)

突然ボローニャでの日々を思い出させられた日

先日、久々に東京新聞の相棒・出田記者と、再来月の記事のために取材に行ってまいりました。

その先は、

区立板橋美術館。

入り口のノボリに

「永遠の穴場」

と掲げてあるのがいきなりツボで、なんか面白いことが起こりそうな予感。。。

案の定、不思議な出会い(再会?)がたくさんありました。

板橋美術館ってなんか妙に名前を聞き覚えがあるなあ、と思っていたら、年に一度イタリア・ボローニャで開かれる国際絵本市と提携していて、それでよく耳にしていたのでした。

なぜなら14年ほど前、私はボローニャに2年住んだことがありまして。。

ボローニャには有明ビックサイトのような大きな企画展示会場があるんです。

そこで一年中、さまざまなフェアをやっているのですが、その中でも名高いのが、

世界最大の絵本市「ボローニャ国際児童図書見本市」

ここでの入賞は絵本作家を目指す人の大きな目標となっていて、多くのイラストレーターの方がしのぎ削る場となっています。

私がイタリアにいた頃も、イラストレーターや絵本作家になりたい友達は皆ここに応募していました。

またすでにイラストレーターの友人は見事入賞し、ボローニャまで来たりしていました。

その頃の友人の名前を思いがけず、板橋美術館副館長や、学芸員の方から連呼され、

記憶装置をいきなりトップギアで回転させなければならなくなり、頭が大混乱いたしました。

不思議なご縁もあるものです…。

まさか板橋で、わたしの過ぎ去りし日々の友人たちの名前を5人以上も聞くとは!!!

みんな、板橋美術館のワークショップでイラストを学んで、ボローニャ絵本市を目指したり、ボローニャ絵本市で入賞して板橋美術館で凱旋展示をしたりして、板橋美術館と深く関わりを持っていた人たちだったのです。

大体がですね、板橋美術館を取材しようとなったそもそものきっかけは

今度11月末より板橋美術館で開催されるインドの出版社を紹介する展覧会

「世界を変える美しい本 〜タラブックスの挑戦」

でした。

これにまず、相棒・出田氏が目をつけまして、

そしたら、なんと我らが鬼編純竹が深く関わっていることが判明し、その関係から(鬼編に脅されたわけではありませんが)記事に取り上げようというご縁でした。

目の付け所が凄すぎる豪腕編集者・純竹はいち早く、このインドの出版社に目をつけ、

「水の生きもの」作/ランバロス・ジャー 河出書房新社

という絵本を出版していたのです。

Photo

https://www.amazon.co.jp/水の生きもの-ランバロス・ジャー/dp/430927403X/ref=cm_cr_arp_d_product_top?i.e.=UTF8

一枚一枚、シルクスクリーンで刷られた手作り絵本です。

本を開いた瞬間にインクの匂いに包まれる、奇跡のように美しくかわいいすごい本です。

そんなこんなで、今の私を作ってくれた過ぎ去りしイタリアの日々と、今、私を支えてくれている出田記者や、鬼編純竹との不思議な交錯の地となった

区立板橋美術館。

ご縁とは本当に異なものです。

2017年10月17日 (火)

今日はダヴィデがわかりました!

一度ちゃんとした物語のすじを理解すると、

なんとなくごっちゃごちゃになっていた過去など、あっという間に忘れてすぐに偉そうに

「え? ダヴィデは旧約聖書に出てくるイスラエルの王様だよ!ギリシア神話でも新約聖書の人物でもないからね、やだな〜、常識だよ」

などと口走りそうになり、いけません。

自分だって、昨日まで

「えーと、ダヴィデ。有名な彫刻は知ってるけど、なんだっけーー?!」

状態だったのを忘れちゃいけません。

しかしそれほど大変身するほどに、大きな流れを知るということは、人物を深く理解できて、ちょっとやそっとじゃ、他の話とごちゃごちゃにならない知識を授けてくれるということなんですねえ。

え?最近、なんか変に真面目な話ばかりしていて、ブログがつまらない?

申し訳ありません、そうかもしれません。。。

なんせ、私は今1日中、おそろしく長く、くどく、わかりにくいお話と格闘していて、なんとか面白いところを見出し、ここに報告しようと、必死なんです…。

でも、今日読んだダヴィデは、旧約聖書の中でモーセに次ぐスーパースターだけあって、波乱万丈で、とても面白かったです!!

ミケランジェロやドナテッロの彫刻で、「石ころを投げて巨人を倒した英雄」という知識しかなかったのが恥ずかしいです。

戦いに明け暮れていたイスラエル王国に、ついに富と文化をもたらした名君ダヴィデ。

統治者としての天性に加え、政治家、武人としても右にでるものはおらず、さらに竪琴の名手、作曲もすれば、詩の才能も半端ないという、全部持ってる感じ。

しかし、女で失敗してしまいます。

それもかなりひどいことをして、当然神に見つかり、めちゃくちゃ怒られ。。。

しかし、ここで彼は心の底から悔いるのですね。

この猛省できる、というのも、人間として大事な能力、と神は考えているらしく、その反省ぶりに免じてダヴィデは死をまぬがれます。

しかし、人道に背く行いをもってしてまで手に入れた人妻が生んだ、自分の子供が犠牲になってしまいます。

生まれてからすぐ7日間、高熱に苦しみ、8日目に亡くなってしまうのです。

うう、、、かわいそう!!!!

赤ちゃんにはなんの罪もないだろう!!!!ひどいな、神様!!!

その後も、ダヴィデは王としてイスラエルが立派な王国になるよう公務に励みます。

しかし、たくさんいる子供たちの中で内紛が起こり、悲劇が起き、

クーデターを起こされ、ダヴィデは一時、国を追われます。

が、ダヴィデほどの力量を持つ人物はそうはおらず、多くの人々に慕われていたダヴィデは見事復活を果たし、

このダヴィデの末裔に、なんと救い主キリストが現れるのです。

へ〜〜〜、そうなんだ!!!!

知らなんだ!!!!

まるで、私のメモ書きのような内容のブログが続いてすみません!!

しかし、今日の成果はこの物語りにまつわる様々なことを、読みきった、ことでした。

お疲れ様でした〜〜。ふ〜〜〜。

今日は3度のうたた寝をはさんでしまいました。。。

机にうっぷして寝るから、起きたとき、肩はこるは、足は痺れてるは。。

神のおしおきですな。

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2017年10月16日 (月)

さすが里中満智子先生!

読みやすい!!

とはいえ、文字だけの犬養道子氏の「旧約聖書物語」は、ぐいぐいイケるところもあれば、

うっ!ね、眠い!!!

10分読んで、20分寝てしもうた!!

となってしまう部分もあり、読破するのはなかなか大変です。

そんな折に神の啓示が!

いやいや、最初から気がつけっつー話ですが、

ギリシア神話を描いていた時にも、多大にお世話になった里中満智子先生が、もしかしたら「聖書」も書いているかもしれない?

ちょっと検索したら、描いていらっしゃるじゃないですか!

残念ながら旧約だけのようですが、それだけでも有難し!

さっそく取り寄せて読んで見ました。

感想はといいますと…

やはり、ギリシア神話とくらべると、圧倒的に「硬い」印象でした。

主要人物はほぼすべて男性で、神に選ばれ、神のために働くことを誓い、しかし試され、苦悩し、、、という人生を歩んだ男たちが主人公。

もちろん、彼らの周りには女性もいますが、ギリシア神話のように恋に落ちて大騒ぎ!!みたいには絶対ならないので、

なんといいますか華やかさに欠けるのです…

(ああ、怒られませんように。。最近、神が十分怖いです!「在って在り続ける」という絶対神がw)

しかし、里中先生のおかげで、たった1日で、旧約聖書の全貌がわかりました!!

漫画って偉大!!!

これ描くの本当に大変だと、漫画家?の末席ながら、想像いたしまして、描き切る力量と粘りに感服いたしました。

明日は手塚治大先生の「旧約聖書物語」が届くはず〜。

まずは先人の偉大な仕事をしらねば!

しばらく漫画読んでればよい仕事が続くなあ。

あ〜楽しい。

2017年10月13日 (金)

聖書のお話を親しみやすく描くにあたって

前回ご紹介した犬養道子氏の「旧約聖書物語」を読み進めていますが、

モーセの章になって、がぜん面白くなってきました。

その面白さは、おかしくて思わず顔がゆるむ、というたぐいのものです。

知りませんでした、モーセって神と民の間をとりもつ、中間管理職みたいな役回りだったのですね!

もう見ていて、気の毒で…。w

あ、ひとつここでお断りしておきたいことがあります。

今回は取り扱うテーマが「宗教」ということもあり、そしてそれは前回の「ギリシア神話」と違い、今日でも本当に信仰されている方が大勢いる

生きた宗教を取り扱います。

そこで、心配していることとは、信者の方を怒らせたり、不快な思いをさせてしまうかもしれない、という点です。

私がいつものように独自に調べて、キャラクターを設定し、

漫画風に物語りを紹介するとき、

わかりやすさや親しみやすさを優先するため、

どうしても登場人物たちを
「おもしろおかしく」描いてしまいます。

古のゼウスとかなら、あまりに遠い存在で、「無類の女好き」だの言われても、怒る方はあまりいないかと思いますが、

例えばこのモーセなどは、ユダヤ教やキリスト教の方にとっては偉大な人で、小馬鹿にするなど言語道断!!!とお怒りになられるのではないか、という心配なのです。

しかし信じていただきたいのですが、イラストでいかに描こうと、聖書の中の人々や物語りを馬鹿にしているということは絶対にありません

むしろ逆で、なかなか一般人には敷居が高い、聖書の物語や人々を、

私なりに親しみを感じられるように読み解き、

自分の中で生かせるものにしたいと思うが故の表現方法だと思って、ご理解いだたきたいのです。

ですから、例えば、大変敬虔で、強い精神力を持つ特別な人であったろうモーセを描くとき、その威厳はもちろん保ちつつも、

もう長らく住んでいる土地から民をひきはがし、強制移住を実現しなければならなかった苦労を人間らしく描きたいと思うのです。

いくら「神を信じよ!」と言っても、すぐに不満たらたらになる民にモーセはブチ切れ、

お前たちの愚痴は天に届いた!!お前たちはアロンと私を責め罵ったが、聞け、お前たちはその実、主御自身を責め罵ったのだ!…」(犬養道子「旧約聖書物語」P86)

と叫んだりしています。

ほんと、大変そうなんです。

モーセは神の啓示に従い、エジプトで400年以上も奴隷だったイスラエルの民をエジプトから脱出させ、何十年もの放浪の末、約束の地カナンを目指します。

カナンは「乳と蜜が豊かに流れる土地」と喩えられるような豊かな土地です。

やっとカナンに入れる、という時になって、モーセはあるとき「神を聖なる神としなかった!」という理由で、
「お前はカナンには入れない。その前に死ぬ」

と神に宣告されてしまうのです。

ちょっと可哀想すぎです。。。

それでも神を崇め、エジプトを出てから何十年にもわたる苦難の日々をモーセは遠い目をしながら、思い返しました。
そして亡くなっていきます、 約束の地を万感の思いで望みながら…。

墓はない。

です。

ご苦労さまでした。モーセさん。

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2017年10月11日 (水)

旧約聖書の導き手をもう見つけました!!

旧約聖書の理解するための第一歩として手にとったのが、

入門部門の名著・阿刀田高氏の「旧約聖書を知っていますか」

です。

さすが名著たる所以、とてもおもしろかった。

まず冒頭にくる、

「まあ、とにかく、『アイヤー、ヨ!』と覚えてください」

という一文からして、超有益!!

なんのことかともうしますと、旧約聖書の重要人物の系譜なのです。

アブラハム→イサク→ヤコブ→ヨセフ

これ、ただ覚えようとするととても難儀です。

しかし、ほら、あなたも覚えちゃったでしょ?

『アイヤー、ヨ!』

この本は旧約に関して全く無知な私に、他にもいろいろとっかかりをくれましたが、

なにより素晴らしかったのが、

もう少し本格的に知りたい人へ、とただ1冊勧めている

その本が、ひゃー、素晴らしい!!!!

犬養道子氏の「旧約聖書物語り」 新潮社

かなり難しいものを想像して読み始めたのですが、

なんと、

読める読める、読めるぞーー!!(ムスカ風に)

軽い語り口とかくだけてる、とかではないのに、

物語りがスラスラ入ってくるのです。

旧約聖書って物語りだったのね、と初めて実感できました。

なんか聖書って、「教え」みたいなのが書き連ねてあるイメージありませんか?

ちがうんですね〜

いま、モーセの出エジプトまできましたが、面白くて早くもっと読み進めたいとすら思ってしまう書物です。

さすが阿刀田氏!!!!

ただの一冊の提示でこれを教えてくれるとは。。。

さあ、エンジンかかってきましたよ〜

みなさん、ついてきてくださいね〜

2017年10月10日 (火)

映画「悪魔祓い、聖なる儀式」を見てきました

先日、「セザンヌと過ごした時間」の試写会にお招きいただいたご縁で、
(今週金曜まで渋谷、Bunkamuraにて上映中。
詳しくは↓
http://www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/17_cezanne.html
セザンヌがどんな人だったか、どれくらい大変そうな人だったか実感するに良い映画です。そして、彼の遺した絵のちからのすごさも。)

また、あらたに映画の試写会に行ってまいりました。

今回はなんと2017年の現代において、実際に行われている悪魔祓い=エクソシストの

ドキュメンタリー映画です。

「悪魔祓い、聖なる儀式」

11月 渋谷のシアター・イメージフォーラムにてロードショー

http://www.cetera.co.jp/liberami/
Photo

1970年代に大ヒットした映画「エクソシスト」をご記憶の方は多いかと思いますが、

悪魔祓いなど、あくまで架空のお話のように思っていませんか?

しかし、実際には今日も、悪魔に取り憑かれた感じる人々が、悪魔祓いの能力を持った神父のところに救いを求めて殺到しているというのです!

今回の映画は、シチリアのエクソシストの資格を持ったカタルドという老神父を中心に描かれています。

冒頭から、悪魔に取り憑かれて尋常じゃなくなった人のショッキングな映像から始まります。

そして、なんとか「悪いのは悪魔で、その人じゃない」と聖水や祈祷で応戦する神父の闘う姿。

毎日毎日、殺到する人々の必死さに圧倒されました。

今、ちょうど聖書のことをいろいろ調べていることもあり、

信仰とは何か、神を信じるということは何かを常々考えています。
(ふだんは私は多くの日本人と同じ無神論者です)

すると、神の存在を信じれば信じるほど、悪魔の存在も信じなければならないという関係があることに気づかされます。

西洋ではキリスト教が起こってから絶えず、天国と地獄の絵が描き続けられてきました。

素敵な天国の描写を際立たせるためには、地獄はよりおぞましく恐ろしいところでなくてはならない。

そのために 画家たちも持てるイマジネーションを総動員して、より恐ろしい悪魔の姿を描こうと努力していました。

カタルド神父は幾度となく

「神をもっと信じなさい。家族もみんなです。それしかないのです」

と悪魔に取り憑かれた家族を持つ人々に訴えつづけますが、

裏を返せば、悪魔に取り憑かれてしまったと考える人は、

より強く神を信じているからこそ、悪魔の存在を認め、それに支配されてしまったと考えるのではないでしょうか?

その矛盾がなんとも痛ましく、どうしたら救いは訪れるのだろう、と深く考えさせられました。

この悪魔祓いという行為は、だれでもできることではなくバチカンに公認されているエクソシストは現在世界中に404名いるそうです。

そして、そのうち半数がイタリア人。

70年代は30人ほどだったということで、じつにこの40年間で10倍近くに増えていることになります。

しかし、1614年に編纂されたバチカンの 「ローマ典礼儀式書」にも

「すぐに悪魔の仕業と決めつけてはならない。まずは医師に相談するように」と記してあるとおり、悪魔が横行することに危機感を持っています。

ただでさえ、声が大きくおしゃべりイタリア人たちが、必死の形相で

「 なんとか次は私の話を聞いてください!!」 と神父に食い下がる姿は、本当にすごかったです。
(私はイタリア語がわかるので、字幕に表されている以外の周辺で叫ぶ人々の言葉なども理解できてしまい、その激しさに圧倒されました…)

またカタルド神父がお祓いのために

ちらっとした見えなかったですが、なんだかボッティチェリ風の聖母子の絵に、

びちゃびちゃと塩を水でといた聖水をぶちまけていて「おいおい…」と思ったり、

電話でお祓いする姿などには、特有のユーモアが感じられて、すこし救われました。

なかなか見ごたえのあるドキュメンタリー映画でした。
ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門最優秀作品賞受賞だそうです。

2017年10月 6日 (金)

次回作「イラストで読む ○○○」テーマ発表!!

全く最近、ブログの更新がとどこおっていてすみません。

なにも仕事しとらんのじゃないか?

と、いぶかられている方もいらっしゃるかと思いますが、するどいですな!

いやいや、やっておりますとも、心の中で。

ほら、有名な某コピーライター氏も大昔言ってたじゃないですか。

終日、釣りをしながら、頭を指差し、
「いま一番仕事しているときなんだよ」

しかしそんな言い訳も通じなくなってきました

実はですね、企画書を出して、企画会議で通ることを祈り、

そしてその結果がでたのは7月28日でした!!

無事通ったのです。

さすが次世代の出版界を、無言のうちに牛耳る予定の鬼編集・純竹氏!!

その日から軽く2ヶ月以上たっているではないですか!!!

ぎゃーー。

しかしですね、今回の敵、いや主題はこれまた超強敵でして…。

前回の神話もそうでしたが、わたしなんぞが手を出していいんかいな?!

と思わずにはいられない難物でして、

いや、しかし、自分で企画書出して通したからには、いまさらそんな言い訳通用しないことは重々承知の助なんですけど、

なかなか歩みが進まないんです。。。

しかし、いよいよ、ケツに火がつき、始めました!!!

発表します、何をやるかといいますと、、、

「イラストで読む 聖書の絵画と物語(仮題)」

どうです、まいりましたか?

え?予想はしてた?

するどいですね〜

もうやるしかないってテーマですよね。

もう一歩一歩、知識ゼロから本を出すまでの度量に、自らを高めていくしかないのであります。

まずはとっつきやすい入門書からヒントをもらい、すこしづつ難しいけど、本格的な書物に教えをこい、自分のなかで消化し、理解し、まとめ、

そして、世の中のみなさまに、「何千年も伝えられてきた稀有な物語りの魅力」
をお伝えしなければならないのです。

なんちゅーこっちゃ、ですね。

長くしんどい道のりになることが予想されます。

そんな場合には、やはり心強い道連れが必要です。

2作目のレオナルド・ダ・ヴィンチでやったように、今回は日々の発見、こぼればなしなどを、

ブログに書き綴っていこうと思っています。

ブログを読んでくださっているみなさま、私と一緒に聖書、勉強しようじゃありませんか!

ブログに書きすぎると、本と重複して本を出す意味がなくなるのでは? と心配になる方もいらっしゃるかもしれません。

が、いままでの経験からいくとそれは大丈夫です。
ブログの記事をまとめて書籍にする場合、そのようなことはあるかもしれませんが、

大概は、勉強し感銘を受けたことの半分も、本には書ききれないのがいつもなので、

そのこぼれおちた部分をこのブログに随時、書いていきたいと思っています。

どうぞおつきあいのほど、よろしくお願い申し上げます。

ちなみに今月の東京新聞の連載は休肝日、ちがった休刊日に当たっているため、おやすみです。

そうとしらず、原稿一本仕上げてしまいました。

いろいろ間抜けでございます。

2017年9月12日 (火)

本日掲載日「民藝館」

本日掲載日です!

今回は井の頭線駒場東大前にある民藝館というところに行ってきました。

展示も建物もお土産店も素晴らしかったのですが、それよりもこの民藝館を建てた宗教哲学者柳宗悦氏の著作物に、ひさびさに心が震えるほど感動いたしました……😭

「民藝40年」という極めて飾り気のないタイトルの書物のなかに、芸術への熱き思いを綴った珠玉の文章が詰まっていました。

まだわたしにも本に感動できる感性が残っている、と実感できたことも嬉しかったです。

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«映画「セザンヌと過ごした時間」試写会トークショー

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